特別な趣が漂う羅州の名所との出会い。
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眉叟許穆(ホ・モク)の詩文集93巻25冊を刻んだ木板。粛宗15年に板に刻み、計861枚に及ぶ。
許穆は、23歳の時に鄭逑(チョン・グ)の門下で学問を学んだ。寒岡鄭逑は、退溪李滉(イ・ファン)と南冥曺植(チョ・シク)の門下生として学問に精進し、南人系の礼学と王士不同礼(王と士大夫の礼は同じにあらず)説の創始者でもあった。許穆は、雅号を自ら“眉叟”としたが、この由来は、“眉が長くて目を覆うため”であったという。
木板には、礼学に精通する許穆の行跡を知ることができ、とても古い年代のものであるが、保存状態もよく落丁がないため、その価値は高い。現在、眉泉書院に所蔵されている。